月並みな話

2008.10.18 TEXT

モジモジ飛段とカリカリ角都。




 相棒が不死だと知っていても年輩だと意識したことがなかった飛段は、ある時その歳を知り、驚きついでにいろいろと考えた。91歳といえば自分の4倍以上だ。それだけ生きていれば経験だけで戦える(と飛段は思った)。自分が今持っている知識だってそれなりなのだ。不公平のように思われた。飛段は決して角都を軽んじないが、戦闘に関しては自分も対等と考えていたのである。



 自分が角都の経験値に並ぶことは決してないだろう。そう考えると飛段はにわかに不安になった。飛段は角都といることで利を受けている。ジャシン教のお勤めと殺し(彼にとってこれらは同意義だ)は一人でもできるが、スケジュール管理や経済的なこと、つまり生活全般に関してはまったく角都に任せきりである。
 それに、角都には言っていなかったが、飛段が目的も知らずに暁に入った理由はただ角都と組みたかったからなのだった。すげえあいつ死なねえのか、だったら殺さずにすむ!一緒にいろいろやれる!あいつと組めたらずっとずっと構ってもらえる!



 しかし角都の方はどうだろう。今まで頻繁に喧嘩をし、殺すと言われ続けてきたが、コンビを解消すると脅されたことはなかった。だが殺せないことを知っていて殺すと言う男だから本音は秘めておく性質かもしれない。
 忘れっぽさが身上の飛段だが、この考えは意外に根を深くおろし、彼を悩ませた。



 日頃考えない人間が考え始めるとろくなことがなかった。
「注意力散漫だ。まったくお前には呆れる」
 雑魚の刺客相手に不覚をとるとは、と続けた角都に、なんだァそれダジャレかよダッセー、と返すこともできないほど飛段は消沈していた。刺客はくのいちだったが、たいへん見事な体型を見せびらかして戦うタイプで、たわわな乳房やむっちりした太腿をチラつかされた飛段はすっかり混乱してしまい、手傷を負った上に相手を取り逃がしたのである。賞金首ではなかったため角都が傍観していたことも裏目に出た。
 飛段の背の傷を縫合した角都は、黙っている相棒を眺め、眉根を寄せた。ここ数日、飛段は遠距離移動にも荷物の運搬にも文句を言わず、おとなしく指示に従っている。同行には好都合だが、覇気がない様子は気にかかった。
「…今夜は宿をとるか」
「雨じゃねーぜ?」
「たまには良かろう」
 角都の期待に反して飛段はさして喜ばず、ああ、とだけ答えて腰を上げた。



 いつもより高い宿をとったというのに飛段は相変わらずで、壁際に腰をおろしてぼうっとしている。座卓に帳簿を拡げて記録をつけながら、角都は集中できずにいた。まるで飛段が飛段ではないようだ。相棒のことはある程度把握できていると思っていたのだが間違っていたのかもしれない。
 それにしても今日の戦闘はひどかった、と角都は思い起こした。飛段はその場その場の反応しかできず、簡単に後ろを取られた。不死身とはいえ、あんなことが続くようなら機会を作って鍛えなおす必要がある。そういえば最近飛段の儀式を見ていないが、それが原因だろうか。ならば、どこかで贄を探すか、あるいは角都の心臓をひとつくれてやってもいいのだが。



「飛段」
「なに…あー、今日のこと?」
「いや、違う。実は気になっていたんだが、お前、」
 いきなり飛段が立ち上がったので角都は言葉を切った。
「ちょっと出てくるわ。話、そのあとな。わりィ」
 そそくさと出ていく飛段に、ああ、と答えながら角都は帳簿を閉じた。



 久しぶりの街中だったが、大通りを歩きながらも飛段は鬱々として楽しまず、それでいてひどく焦っていた。
 今日の失態はいろんな意味で痛い。取り逃がしは最悪の結果であり、いつもはもっと手ひどく叱責される。それが今日は小言だけで終わった。自分は角都に見放され始めているのかもしれなかった。
(降ってもいないのに宿に泊まるなんざ角都らしくねえ。それに帳簿つけてる時はなに言ったって答えねえくせに、今日に限って向こうから話しかけてきやがった。何なんだいったい…あーオレ超やべーかも。それに)
 飛段は夜空をにらんだ。



(あの女、やけにおっぱい見せつけてたけど、角都あーゆーの好みなんじゃねーか?そういやあいつオレがやられるまで手を出そうとしなかったな。くそ、あの女にムラムラしてたのかもしれねー)



 小さな市街地は五分も歩けば抜けてしまい、飛段はいつの間にか薄暗い四つ角に立っていた。あたりには数人の男女がぽつぽつと立っており、ここなら邪魔されることなく時間を潰せると思われた。宿に戻ることを飛段は恐れていた。
 路上にしゃがみ、人の往来をぼんやり見ている飛段の前で男が立ち止まった。
「見ない顔だな。新参者か」
「ハァ?なんだテメー文句あんのか」
 すごみを無視して男は飛段の顔を覗きこみ、へえ、と声を上げた。
「きれいな顔して威勢がいいな、にいちゃん。いくらだ」
「あ?」
「いくらで俺を気持ちよくしてくれんだよ。金だよ金」



 性の誘いであることに気がつき、鎌は置いてきたけど杭はあるぜ、と殺気立った飛段は金という言葉で我にかえった。金を持ち帰れば角都は喜ぶだろう。それに、この男が要求している行為は角都にも応用できるかもしれない。
「オレ、やり方よく知らねーけどいいのかよ」
「冗談だろ…参ったな初物なのかコイツ」
 男は急にそわそわしだし、立ち上がった飛段の手をつかむと、さらに暗い横道へ入っていった。暗がりで男のベルトがカチャカチャ鳴るのを聞いていた飛段は、結果として金をもらうことができなかった。闇の一部のようにそこにいた角都が、まず飛段を、次いで男を殴って昏倒させたからである。





 角都はひどく苛立っていた。飛段は何を考えているのだろう(自分もだ)!飛段がウリの場に立っているのを暗がりから眺めている時には、何もわからずあんな所に立つとは、と相棒の無知を笑う余裕があったのだ。飛段が自分で商談をまとめ、男に連れられて小道に入ってきたときにも、まだ何かの間違いだと思っていた。男が陰茎をあらわにし、その前に飛段が膝をついたところで、これは、とやっと気がついたのである。
 情けないのは、自分があんな場面に動揺し、介入してしまったことだ。常識知らずとはいえ飛段は成人男性で、どんな性の処理をしようが他人の知ったことではないのである。角都はうまく制御できない自分を持て余し、そのイライラを飛段に向けた。



 角都の踵落としをまともに食らった飛段は、投げ出された格好のまま畳の上に伸びていた。わきに腰をおろした角都はそれを引き起こし、頬を手荒く殴った。何度か繰り返すと飛段は薄く眼を開き、口の端から血の混じった唾液を垂らしたが、うつろな目と唇からのぞく舌が妙に淫らで、運んだ際のぐったりした重さを思い出した角都は新たにカッとなった。
 飛段の髪をわしづかみにし、その顔を自分自身の股間に無理やり埋める。下衣の中で隆起したものを口元に押し当てられ、飛段は苦しがって頭を振った。



「ぐっ…ぐほっごほっごほ…ごごっ」
「起きたか」
「おお、ぶはっ、か、くずっ、ちょっ」
「起きたな。では銜えろ」



 勃起したものを引っ張り出すと、飛段が身を離そうと暴れだした。
「ふっざけんな、誰がてめーのなんか」
「誰かのをしゃぶりたかったんだろう。特別にタダでさせてやる」
「ちが、」
 飛段の腕を背後でまとめて握った角都は、力任せにそれを捻った。ごきり、ごきり、と音が続いて飛段の両肩が外れる。飛段は「いってえ」と喘いで角都を見上げた。
「…怒ってんのかよォ角都ゥ」
 角都は答えなかった。自分の感情が怒りだけではないことを知っていたので答えることを避けたのだが、そのまま黙っていると飛段が根負けしたようにうつむき、おずおずと角都の先端を口に入れた。



 角都は驚いた。自分が強制したことながら、てっきり飛段がキレて、それを自分が殴り、肩を自分で嵌めた飛段が殴り返し、そんなふうにいつもの暴力沙汰で片がつくと思っていたのだ(ノリで出してしまったナニはタイミングを見てしまおうと考えていた)。予想をひっくり返され、角都は落とし所を見失った。
 一方飛段は口に入れた物を持て余していた。先の男が飛段の腕を引きながら「舐めるだけ、舐めるだけでいいから」と盛んに言っていたことから、方法については曖昧ながら見当がついた。しかし想像以上に生臭く、サイズも大きい。どうすれば歯を立てずに頭を動かせるのだろうか。無意識に引っ込めていた舌でそろそろと先端をなぞると、形容しがたい味に吐き気がこみ上げ、飛段は我慢できずにそれを吐き出した。


「…くそォ…角都、肩嵌めてくんねぇか、手でやるからよォ…おい、しまうなよソレ」
「もういい」
「良くねえ。なぁやらせろ、なぁ…頼むからぁ…」
「いいと言っているだろう」



 強く制された飛段に諦めの表情が浮かぶ。ここ数日の間に見慣れてしまったその表情が気に入らず、角都は飛段の腕をつかんだ。じっとしていろと声をかけて順番に肩を嵌め、おさまった両関節を確かめるように掌でさする。
「くだらんことでムキになるな」
 さする手を背に回すと、飛段の体が少しずつ角都の方へ傾斜してきた。まるで野生動物を手なずけているような心持ちだ。今までトラブルが起こると悩む間もなく相手を殺してきた角都だが、飛段と組んでそれができなくなった。排除できないのなら理解しなければならない。この相棒を得てから自分はずいぶん辛抱強くなったと角都は自覚している。
 ゆっくりと、とてもゆっくりと、飛段は角都の懐に入った。



「アイツ、金くれるって言ってよ。お前好きだろ金」
「ああ」
「でぇ、舐めろって。オレ、お前それも好きだろうなって」
「……ああ」
「それやったらお前がよろこんで、オレとずっと組んでくれんじゃねーかってさぁ」
「……」
「お前さ、つえーだろ。オレだってかなりやるけど、なんつーの、経験が違うよな?そりゃオレたち別々でもやれるだろうけどさ、お前の方がずっと平気でやっていくんだろうなァ」
「……」
「けどよ、オレは角都と一緒にいてえんだよ。ずっと、ずーっと」
「甘ったれるな」



 願わくばともになどとふざけたことを抜かすんじゃない、と、にわかに緊張して硬くなった体をきつく抱きながら角都は続けた。
「お前は救いがたいバカだ。俺が相棒を信頼していないと言いたいのだろうが、そんな相手に背中を任せるほど俺は酔狂じゃない。そんなこともわからんか」
 自分の肩口に押し付けられた頭をかきまわし、髪をぐしゃぐしゃに乱してやる。
「もう俺は相棒を殺すことに飽きた。生憎だがお前とは離れてやらんぞ」



 そうだ、甘ったれているが、願わくば。















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