不本意

2008.10.25 TEXT



 満月が煌々として夜だというのにひどく明るかった。廃材が積まれたゴミ処理場で飛段は複数の相手と対峙しながら、神経質に空を見上げた。雲ひとつない。晴れているのに肌に絡む風はぬるついて雨を予感させる。飛段は唇を舐めた。早く終わらせたかった。
 しつこく挑発してきた相手を深追いしたため角都とは分断されてしまった。多分相棒は最初に囲まれた寺の境内でいまだ戦っているのだろう。飛段は元の場所に戻りたかった。あたりに淀む腐敗臭がどうにも我慢できなかったのである。



 相手の二人(飛段は「でかいの」「ハゲ」と分類した)はさほど強くはなかったが、戦い慣れしていてなかなか捕まえることができない。忍び崩れか抜け忍だろう。初めは戦いを楽しんでいた飛段だが、狭い場所での鎌の扱いに難儀し、今ではすっかりイラついていた。
「オイ、まだるっこしいぜ!まとめてかかってこいよォ!」
 臭気から少しでも離れようと後ずさる飛段に向けて、スキンヘッドが手裏剣を放った。ワイヤーを振るってそれらをはじきながら、横から突っ込んできた大柄な男に向けて鎌を飛ばす。男はとんぼを切って背後に下がり、不意にまた宙返りをして接近した。不規則な動きに鎌が狂った。
 飛段の鎌は外側に刃がついている。振り回す際に威力を発揮するが、男は敢えて攻撃範囲の内側に入り、手にした廃材で鎌を受け止めてしまった。武器を止められた飛段に、間髪を入れず、正面上段からスキンヘッドが打ち込んできた。
 鎌を放棄するのをとっさにためらった飛段は、仰向けに転がることでやり過ごそうとしたが、相手は宙に残ったワイヤーに足をかけて方向転換し、飛段の上へ落下してきた。肩がクナイで貫かれ、折れた肋骨が肺に刺さる。いてぇ、とわめく飛段に相手は顔を寄せ、鼻先を舐めた。予想外の行動にぎょっとした飛段は相手の目を至近距離で見返してしまい、まともに瞳術を食らった。
 スキンヘッドはそのまま飛段の顔を舐め続け、最後に時間をかけて唇を吸い上げると、離れて立つ相棒に向けて楽しげな声をかけた。
「よーし、とったぞ!」



 先方の目的である金を守りつつ、箸で豆を拾うように相手を殲滅した角都が到着したとき、儀式中の飛段は自分の膝関節を貫いた杭をギチギチとゆすり、そのたびに相手の男は枯れた喉から新しい悲鳴を上げ、廃液でぬかるんだ地面を捻転していた。その苦悶の様子を角都は乾いた眼で眺めた。
 飛段は擦過音まじりのうなりをあげ、自分の膝を破壊すると、抜いた杭で今度は腹を貫いた。
「手伝うか」
「…いらねえ」
 儀式中の飛段の体は白黒に染め分けられ、服を着ていなくともさほど違和感がない。そのことにやや安堵しながら角都は言葉を続けた。
「お前のやり方では不十分だ。俺ならもっと効果的に苦しめることができる」
 骸骨顔が角都の方を向き、その可能性について考えているようだった。けれども角都が男に歩を向けるとすぐに言葉が飛んだ。
「だめだ、角都はそいつに触るな。そいつは汚ねえ」
「なら直接殺したらどうだ。アレはそうしたのだろう」
 頭部を半分削られた大柄な男は地面に膝をつき、抱えた廃材にもたれるようにして死んでいた。手際よく殺された死体だった。
「あっちは悪ィ奴じゃなかったからな。けどコイツはオレで遊びやがった。だからオレもコイツに気持ちよくしてもらうんだ」
「私情で儀式をしても構わんのか」
「ああ…オレが祈ればジャシン様は受け入れて下さる」
 呟くような声に、角都は一瞬場違いな怒りを覚えた。こんな時でも飛段は決して神を疑わない。



「では飛段、俺がお前とアレに苦痛を与えてやろうか。指を折り、筋を切り、お前が自分ではできないようなことを、俺が」



 大人げない嫉妬心からの言葉だったが、この悪趣味な提案は飛段の嗜好に合ったようだ。飛段は少し考えたあと、ニッと笑って角都を陣内に招いた。
 地面に散らばる飛段の服と装具は、血や別のものでひどく汚れていた。角都はそれらを拾い、丁寧にまとめると、それ以上汚れないよう廃材の上へ置き、陣の中へ踏み入った。







 飛段は腹から杭を抜いて、肩に深く刺さっている変わり刃のクナイにも手をかけた。鋸状の刃先が肉に引っ掛かるのを力ずくで引き抜き、地に捨てる。贄の男が呻く。
「いてーだろぉ?てめーの武器だ、どんなもんかちゃんと味わえ」
 角都は叫ぶ飛段の黒い背を抱いた。相棒の手指に自分のそれを絡めて力を入れる。耳元で、やるぞ、と告げてから指をへし折ってゆき、すべて折り終わるとそのまま腕をねじり上げてそれも折った。粘りのある枝が折れるのに似たバチン、バチンという音が飛段と男から響く。雑巾のようによじれた飛段の腕から白い骨が突き出していた。
「次はどこにする」
「あのヤロー、オレのあばらを折りやがった。あいつのも折る」



 ブラブラになった腕を離し、両手で飛段の脇腹を掴むと、角都は上から順番に肋骨を折っていった。先ほど折れた箇所も容赦なく折りなおす。リズミカルと言っていい動きに飛段が喘ぎながら笑った。角都はそのまま腹部を押しまわし、骨と臓器をこすりあわせた。
「おめー…うまいぜホント。ああ刺さってるゥ…悪くねぇ…」
 飛段の口から黒い液体が新しくあふれた。血などもう残っていないのではないかと角都は疑う。地面の男が声を出して脚を動かした。思ったより丈夫な男だ。飛段もそう思ったのか、あいつ案外しぶといなァと呟いた。
「…オレ、瞳術食っちまってよォ」
「そうか」
「それがチャチな瞳術でさ、あいつがいろいろする間、オレずっと意識あったんだよ」



 あいつ顔中ベロベロ舐め回してきやがってよ。口んとこなんかむちゃくちゃ舐めてたぜ。すっげ気色悪くてさ。目ん玉まで舐めるんだ、信じられるか?で、やけに丁寧に脱がすんだ、服や靴や額当てやら、指輪とペンダントのほかはぜーんぶ。
 あいつ前世では犬だったんじゃねーかな、体も舐めるんだから。オレはマジにぼんやりしてきて、あいつがオレの足の指舐めながらオレのズボンでナニを擦ってんのなんかを見てたんだ。そのうちあいつは調子に乗ってケツの穴まで舐めやがった。ホントびっくりだぜ。
 そしたらアレ、あいつのツレがさ、いい加減にしろっつってきたんだよ。そりゃそーだーってオレも思ったね。殺すんならチャッチャと殺せって。どうせ死なねーし。けどハゲの方が、これやんないとダメだろうっつってケツに入れてきやがってよ。
 きついきつい言ってたけど、オレの体グニャグニャだったし簡単だったんじゃね?


 
 独り言のような告白を聞きながら、角都は飛段の太腿をつかみ、筋肉ごと大腿骨を砕いた。自立できなくなった飛段は角都にもたれかかり、耳障りな割れた声を出した。
「…入れろよ、角都」



 あいつバカみてーに腰振って、何度も小刻みにイキやがるんだ。ツレの方がキレて、いい加減にしろってまた怒鳴るし、そしたらあいつも今やるから黙ってろって怒鳴り返すし、あんまりいいコンビじゃなかったんだろうなあ。まーオレたちもしょっちゅう怒鳴り合ってるか、はは。
 オレの首絞めて、もう死んだと思ったんだろ、あいつまた口を舐めてきやがった。やっと術が解けかけてたから、舌を思い切り噛んでやったらものすげー驚いて、逆にじっとしてやがんの。ナニが入ったまんまだったからすぐに動けなかったのかもな。



 角都は自身を何度か扱き、飛段の体にゆっくりと押し入った。飛段は黙って耐えたが、贄の男は、ガガ、と呻いて少し動いた。
「辛いか」
「うん…ちょっと、な……ゆっくり、頼むぜ」
 立ったまま角都は飛段の体を抱いて静かに数回揺すったが、すぐに止めた。
「…どうしたよ」
「お前を抱くのはいいが、今はアレとつながっているのだろう。アレに俺が入れているのかと思うと正直萎える」



 儀式と言えば聞こえが良いが、これは飛段の意趣返しだ。残忍な行為が望まれている。けれども、この上性的にも飛段を痛めつけることは角都の意に沿わない。飛段は、そーかよと呆れたように笑い、しばらくそのままじっとした後、ふらつく足を踏みしめて角都から離れた。



「んじゃそろそろ片をつけるとするか」



 杭を手にする飛段に角都は自分のコートを着せかけ、陣の外へ出た。月光の下に立つ飛段はすっかりいつもの姿だ。角都はなぜか心むしられる思いでそれを見た。傲慢でばかげていて恐ろしげで傷だらけな飛段の姿を。














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