女を買った日

2009.12.24 TEXT

たっこ様からいただいたリク「初めて女を買いに行く飛段」による話です。いただいたプロットをそのまま上げても良いくらい魅力的なネタでしたが、私の料理はどうも歯切れが悪いようです^^;

たっこ様、すてきなリクをありがとうございました。







 きっかけは俺が始末したくのいちの死骸だった。殺す過程を大事にする飛段にとって死骸はただのモノであり今まで興味を持つことはなかったのだが、たまたまさらされた下腹部が気になったのかその股を開いて眺めていたのである。女ってのは変なもんだなァ乳はでけーしナニはねーし、とぶつぶつ言う相棒に金目のものを漁る俺は応えた。
「乳はたまたまだ、ない奴もいる」
「へー、下はみんなこんなもんかァ?」
「まあそうだ。お前見たことないのか」
 だって裸で戦う奴もいねーだろ、と死骸の股の間にしゃがんだ飛段が答える。俺は飛段の性経験について考え、少し迷った末に口を開いた。
「女の性器は冷えないように体の内部に入っている、今見えているのが性交に使う場所だ、そこに男が性器を入れて射精すれば子ができる、タイミングが合えばだが」
 できるだけ事務的に話したつもりだったが、飛段は眇めた目でこちらを見、そのぐらい知ってるぜ、とふてくされた口調で言った。バカにされたと思ったのだろう。そんな相棒に色街に行ってみるかと俺が提案したのはひょっとした思いつきだったが、相棒の一般的な経験の機会を自分が奪っているのだという負い目があったからだ。それに、もし飛段が女に興味を持っているのなら下手に放っておくよりも自分の管理下で経験をさせた方が安心だという計算もあった。はたして提案に飛段は乗った。このような経緯で俺は飛段を連れて次の宿場町で女郎屋へ行くことになったのである。



 はなから高級な店など行くつもりがなかった俺は、相棒を連れて街を歩きながら適当な場所を探したが、馴染みの安い私娼窟はいかにも怪しげで初心者には不向きと思われた。しかたなく明朗会計を売りにした若向きの店を選び、めっきり口数の減った相棒に向き直って意思の確認をする。
「ここでいいか」
「あ、あぁ、どこでもいいぜ」
 上ずった声に心ならずも胸が痛む。なんということだ、これではまるで受験生についてきた母親だ。
「格子から女が見えるだろう。気に入った女がいたら指名しろ。好みの女がいなかったら遠慮なく言え、店を変える」
 傍目にも緊張があらわな飛段は、格子の中の女からかわいいねえにいさんと声を掛けられてうろたえ、こちらをちらりと見た。女ごときにビクビクするな、とどやしたいのを我慢する。一度経験させればこんなこともなくなるだろう。
「テメーは決めたのかよ、女」
「そうだな」
 俺は頭を巡らすと、見世の片隅に目立たぬように座り込んでいる地味な女に頷いて見せた。女がこっちを見返し、視線で下契約が成立する。女郎屋なんざ一人で行けるからついてくんなと粋がったことなどどこへやら、飛段が尊敬の目で俺を見る。なかなかいい気分だ。んじゃオレも、と小さく呟いて飛段も一番手前にいた女に向かって顎をしゃくる。さっき飛段に声をかけてきた女だ。ぺろぺろと唇を舐める様子がどことなく大蛇丸に似ていて俺は一瞬不安になったが、ここで口を出すのは無粋というものだろう。
 暖簾をくぐってそれぞれの女を指名した俺たちはそれなりに金をかけたらしいつくりの屋内に通され、廊下を挟んだ二間をあてがわれた。
「たかが女だ、好きなように抱いてこい」
「へっ心配すんな、楽勝だってェ」
 別れ際に言葉を交わした飛段は、余裕を装いながらも笑いたくなるほどこわばった顔をしていた。例のペンダントを指の関節が白くなるほどにしっかり握りしめている。ジャシンは寝間までも一緒なのである。俺はピシリと襖を閉めた。バカバカしい、あとは奴が自分でどうにかするだけの話だ、俺は自分の時間を有効に使わなければならない。



 女は悪くなかった。玄人なのだからよほどの贅沢を言わなければちゃんとサービスをしてくれる。俺はゆっくりと腰を使いながら、行燈に照らされた調度品を興味薄く眺めた。部屋は可もなく不可もないつくりで失敬したいものは特にない。布団だけは鳳凰の柄が織りだされている豪華な緞子だが、布団を盗んで帰るわけにもいくまい。
 隣の部屋からひときわ大きな声が聞こえてきて女がうふふと笑った。悪意のない笑い声だったが、それが俺の癇に障った。
「おかしいか」
「何がですの」
「男が喘ぐのがそんなにおかしいか」
「いやだ、そんな怖いお顔なさらなくても」
「アレは初めて女を抱くのだ。そんな客を嗤うとは店の格がうかがえるな」
 女はまだ何か言っていたが、俺は構わず女のこめかみを片手でつかみ、幻術を入れた。とたんに苦しげな顔になった女は俺が身を離してからも何か重いものにつぶされているように両手足を広げたまま動かなかった。いいものを見せてやる必要もないだろう。もっとも今の俺の相手をするなら幻術の方がまだマシかもしれない。
 廊下の向こうから耳障りな声がまた聞こえてきた。何が楽勝だ、あんなだらしない声を張り上げおって!俺は腹立ちまぎれに自分の女を殴ってみたが、細くて柔らかな殴り応えのない体にさらに苛立ちを募らせた。やはり殴るならあいつだ。俺は女の着物を引っかけると、のしのしと隣の部屋へ移動した。殴ったらまた戻ってきて女で遊ぶつもりだったのである。
 滑りの良い襖をサアッと開くと先の部屋と同じしつらえの調度の中で絡んでいる女と飛段が見えた。両脚を上げてひっくり返った飛段の上に、まるで脚を背もたれのようにして女が腰を下ろしている。結合はしているが、とんだ悪ふざけのような体位だ。女は吸いつけた煙管を玉袋にジュッと押しつけて飛段を叫ばせると、臆することなくこちらに話しかけてきた。
「なんだいまざりたいのかい。特別料金がかかるけど、いいんならまざりな」
 俺から追加料金を取ろうとするとは大した女だ。金のことさえ言わなければ先の女と同程度の幻術にしてやったのだが、俺は念を入れて悪いイメージを送り込んでやった。こめかみをつかまれた女は唸って煙管を振り回したが、やがて静かになったので、俺はその体を壁際に投げ出した。これで残りは飛段と俺だけだ。



 女物の緋襦袢を着せられた飛段はやはり緞子の布団の上に仰向けになっており、右手首と左足首、左手首と右足首を丈夫な紐でかたく括られていた。手足を天井に向けた姿は、捕えられた野豚が棒にぶら下げられているあの形に似ている。尻の穴がよく見えるところまでそっくりだ。もっとも野豚の尻には見られない異物が飛段の尻からは突き出ている。
「エネマグラか」
 飛段は答えなかった。目に何重にも巻かれた紅色のしごき帯は耳に詰め込まれた綿も押さえており、飛段の体の穴でふさがれていないのは口と鼻腔と鈴口だけという有様で、それら全部から液体が流れている。手足を拘束している紐は箏の弦らしい。細く丈夫でよく食い込んでいる。女の手際の良さに俺は内心舌を巻いた。素材にも使いどころにも無駄がなく、視覚的にも効果が高い。
 相棒を殴って部屋に戻るはずだった俺は当初の目的を忘れることにし、飛段の姿をしげしげと眺めた。尻から半ば飛び出している医療器具に指を伸ばし、ゆっくりと出し入れしてみる。さっきからやかましく聞こえていた飛段の声は、間近で聞くとなかなか良い響きだった。しごき帯の両端につけられた鈴がちりちりと鳴る。白い太腿から尻にかけて赤いミミズばれが散らばっているところを見ると女の爪は相当に鋭かったのだろう。医療器具を内部にこすりつけると飛段はあっあっと声を上げ、聞き慣れない声に俺はひどくのぼせた。
 そこまで引っ掻かれたのだろう薄く血の線がついた性器が目の前でゆらゆら揺れる。伸ばした舌で舐めて育てた後、俺はちょっとたまらなくなって飛段の頭の脇に移動し、べたべたの唇に自分のそれで触れた。かするような口づけだったのだが、それまでウーウー言っていた飛段がぴたりと呻くのをやめて俺を呼んだ。
「かくず?かくず、かくず」
 縛られた手足をばたりと倒してこちらに伸ばされた指が、引きが遅れた俺の着物の裾をつかむ。すべすべした女物の着物をしばらくいじっていた飛段は、そのうち口をへの字にすると、違うぅぅ、と泣き声を絞り出し、胎児のように横向きに丸まってしまった。



 誤解のないように言っておくが、あそこで飛段を解放しなかったのは飛段自身のことを慮ったからである。拘束を解いてやってヒーローを気取るのはたやすいことだったが、それでは通過儀礼が未了になってしまう。飛段にしても女に翻弄されて泣き叫ぶところを俺に見られたと知れば、後々複雑な気持ちになるだろう。
 だから、飛段にまで幻術を施したのは俺の情けだったのだ。飛段の記憶の中で、大蛇丸に似た女は奴をいたぶっている最中に他の座敷に呼ばれて朝まで戻らず、放置されたまま眠った飛段は不自由な体勢と中途半端に呼び起こされた欲望のためいかがわしい夢を長々と見たことになった。幻術をかけたあと俺が飛段にいろいろしたのは夢の部分を補完するためであって他意はない。奴の神に誓ってもいい。
 女郎屋への投資は安くはなかった。昨今はデフレが激しいと言うが性産業は別らしい。あのレベルで一泊三千両とは驚きである。女はまずまずだったが、花器も香炉もろくな品ではなく軸物も複製品だった。あれなら私娼窟の方が安いだけ良心的である。
 しかし収益が無かったわけではない。飛段に関して言えば、奴は女郎との夜について「んーあんなもんじゃねーの」と感想を述べていたが、また行きたいとは決して言わなかった。印象は固定されたらしい(未だにときおりひどくうなされていることがある)。余計な散財の心配がなくなるのは良いことだ。
 俺はと言えば、単独任務の折など心中ひそかにあの夜を懐かしむことがある。俺とは知らずに俺に向かって俺がいないと悲しんでくれた相棒の泣き声を何度も何度も思い起こして反芻し、意地汚くじっくりと味わうのは実に楽しい。美麗に包装されて天からの贈り物のように俺の前に置かれていた扇情的な姿も当然のことながら。

















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