どっちもどっち

2008.12.13 TEXT

表TEXT「やるときゃやるぜ」の後日話です。

SKM様、冒頭に勝手ながらあのモチーフを使わせていただきました。ありがとうございました。






 角都は借金を作らない。利息うんぬんの理屈はもちろんだが、これは一種の美学といってもよかった。いつ死ぬかわからない身として跡を濁すような真似はしたくなかったのである。その角都に向かって、ある日、飛段がこんなことを言った。
「そーだ角都、あの時の貸しそのうち返してもらうぜ」
 角都は、自分の部屋に押し掛けてきて勝手にベッドに寝そべっている相棒に目を向けた。相棒は粘土でできた小さな圧害の人形を片手に掲げ、ヒューンと口で言いながらそれを動かして遊んでいる。



「上に角都とオレ乗せたらかわいくね?デイダラちゃんに頼むかー」
「何の話だ」
「おう、これデイダラちゃんが作ってくれたんだけどさ、」
「人形じゃない。貸しを返せとは何のことだ」
「あれ、もしかして忘れてんのか?ひでーヤローだなァ」
 わかってたけどよー、と言いながら飛段は首をもたげて角都の方を見た。
「こないだでっけー牛やったじゃん、オレの儀式で。あんとき言ったろ、儀式のかわりに後でオレの言うこと聞けって」



 そう言えばそんなこともあった。激しさを増す雨の中、換金所へ向かった日のことだ。曖昧に頷く角都を、飛段はうさんくさそうに見やった。
「…マジで忘れてたんだろ。ま、いいや、オレも注文言ってなかったしさ。とりあえず、おめージャシン教に入信決まりな」
「心臓がいくつあっても足りん。何か別のことにしろ」
「チッ、しゃーねーな……なら、これから野営はナシ!いっつも宿に泊まるってことでもいーぜ」
「勘違いするな、余分な金など一両たりともない。お前が払うんなら別だが」
「ハァ?それじゃ意味ねーじゃん、なんだよシケてんなァ……んじゃ一か月の休みでもいいや。好きなとこ行ってその辺の奴ら殺戮してのんびりして」
「仕事の予定はリーダーが組む。俺がどうこうできるものではない」
 あーあーそーかよ、と飛段はつまらなそうにごろりと壁の方を向いた。はなからあてにしていなかったような態度が角都にはおもしろくなく、自分も相棒を無視して机上の計算に戻ることにした。集中するふりをしていた計算に興が乗ってきたころ、背後からの声が再び角都の作業に割り込んできた。



「じゃーよォ、死ななくって金かかんねーで角都ができることなら何でもいいのかよ」
「…そうだな」
「よっし」



 ベッドを軋ませて起き上がった飛段は、椅子の背から少しのぞいている相棒の後ろ頭を睨んだ。助かった、こちらを向いていたら切り出すことが難しくなる。
「あれ、エッチ、セックス?あれ教えろよ。おめーいろいろ経験あんだろ?オレが納得するまで教えてくれたら貸しをチャラにしてやってもいいぜ」



 聞こえなかったはずはないのに相棒はカリカリと何かを書き続けている。オイ、オイ!と催促すると、角都はため息をついて椅子を回し、ベットの上の飛段と向き合った。
「飛段、セックスは普通女とするものだ。それに教えたり習ったりするものでもない。経験を積んで、」
「だぁからその経験を積ませろってんだよ、いいだろ角都」
 振りむいた角都を見たときに、これは押せばいける、と飛段は思った。ゆっくりとベッドから降りて角都の傍へ行き、相手を閉じ込めるように両手で椅子の背をつかむ。
「普通じゃなくて結構だね。大体普通じゃねえオレたちがセックスだけ普通ってのもおかしいんじゃね?」
 黙っている角都の膝に飛段はまたがり、マスクをはずして音だけ派手なキスをした。角都は殴らなかった。契約成立だな、と飛段は言い、角都のコートの前を開き始めた。





「…オーガズムは通常射精を伴うが、前立腺刺激などにより射精を伴わずにオーガズムに至ることも可能だ。これをドライオーガズムと…」
 確かに教えろとは言ったがこれはないだろう。珍しく饒舌な角都の顔を、ベッドに座ったまま飛段は恨めしく見やった。角都は前立腺とやらの説明をしている。
「…要は精液を作るための器官だ。膀胱の真上、直腸の隣にあって…」
 だんだん腹が立ってきた。今日は角都が自分に借りを返すはずなのに、なんだってこんな羽目になっているのか。
「…誤解されがちだが、肛門挿入しなくとも前立腺刺激はできる。陰茎から肛門までの会陰を…」



 とうとうと続く講義に業を煮やした飛段は、一人で始めることにした。説明を続ける相棒の前でズボンと下着をごそごそ脱いで全裸になり、股を開いて、陰茎と陰嚢を持ち上げて見せる。さすがに言葉を切った角都の視線がちらっと飛段の下腹部に流れたが、そのままスルーされた。飛段はむっとし、これ見よがしに会陰部を指でこすりあげた。
「その会陰ってのはここかよ。別に気持ち良くもないぜ」
「強く触ればいいわけではない。お前の体だろう、どこがいいのか自分で探してみろ」
 とりあえず角都がわけのわからない講義をとめたのを良しとして、飛段は言われたとおり自分の体に触れてみた。いやに観察的な角都の視線の前で、まるで実験のようにそのあたりを押してみるが、快感からは程遠い曖昧な感覚しかない。
「特に何も感じねえけど…もしかしてオレってフカンショー?」
 どれ、と椅子から降りて身をかがめてきた角都に、まさしくその場所を舐められて飛段は息をつめた。角都の舌は陰嚢から肛門までを何度も往復し、そのどちらもよく濡らしてから漸く離れた。問題はなさそうだ、とからかうように告げる息が濡れた肌を撫で、飛段は背を丸めたまま硬直した。



 角都は飛段の指を再び会陰に戻し、自分の手を添えて上下にゆっくりと動かした。股の上から回された飛段の掌には陰嚢と陰茎がおさまり、動きによってゆるゆると擦られる。肛門近くを強く押してしまった飛段は歯を食いしばったが、角都の指が同じところをなぞった時にはこらえきれずに声を漏らした。ほう、と角都が感心したように頷く。
「不感症が聞いて呆れるぞ、飛段。これは素質だろう。たいしたものだ」
 緩急をつけて同じところをなぞられ、痛みにも似た快感を続けざまに与えられて、飛段は腹筋を波打たせた。自分の嬌声に、うわっオレバカみてー!と一瞬我に返るが、そんな正気はせり上がる快感にすぐさま駆逐されてしまう。やがてぐずぐずと仰向けに倒れた飛段は、曲げた脚を痙攣させながら喉を反らせ、上気した淫猥な姿態を相棒にさらした。



 片手で自身を、片手で会陰部をこすりながら恍惚とする飛段を、食べてしまうには惜しい美しい御馳走を見る目で角都は眺めた。ベッドに上がると、いつもは手荒く接する体の上に屈みこみ、汗ばんだ肌を味わいながらにあちこちにくちづける。すでにドライに入っているのか、射精しないまま飛段はいくども達するようだったが、角都が先端に唇を寄せるとヒィと悲鳴めいた声を上げ、粘度の高いものを中途半端に噴き出させた。
「も、だめだァ……角都、入れろよ」
「はしたないぞ飛段。それにこれは前戯だ。まだ先は長い」
「勘弁しろってェ角都、なあ、もうオレやべーよ、シャレになんねーから、」
 苦しげに訴える飛段を、入れなくても充分楽しそうに見えるが、と言葉で弄りながら、角都は飛段の口に指を突っ込んで唾液をすくいとった。その手で軽く陰茎をいじり、粘液にまみれた指で今度は肛門を刺激する。飛段は乾いた犬のように喘ぎ、キャンキャンと吠えた。
「いいから入れろってクソヤロー!てめーもカチカチのくせに!っあぁ!」
「セックスを教えろと言ってきたのはお前だぞ」
「そんなん、もう、どーでも、」
 侵入した指に妙な場所を押されて、飛段はしばらく悶絶した。やみくもに腕を伸ばし、うまくつかまえた角都の首を引き寄せると無理やりくちづける。
「おい、いいかげんにしろよ…一緒にイキてェんだ、オレだけイクのはかっこ悪いだろーが」
 急に圧迫感が増した。待ち望んだ感覚に飛段は不覚にも泣きそうになり、ぎゅうぎゅう相棒にしがみつきながら「うわあ」とわめいてごまかした。



 終盤、絡みあう相手の頭が次第に重たく仰のき、とろりとした目が開いたまま瞬きしなくなるのを角都は間近で注意深く見ていた。自分が飛段に与えることができる死はこの程度の小さなものだからである(飛段は「疲れて寝た」と言い張るだろうし、それで一向に構わない)。かすかな後ろめたさを感じながら、角都は無反応の飛段の体を抱え直すと、うつろな半眼を唇で閉ざし、下唇から少しはみ出している舌を自分のそれで押し戻した。じわりと熱くなった結合部には気づかなかったことにしたが、かといってその体を手放す気はさらさらなかった。
 自分だけイクのは格好悪い、という愚かな言い草を思い出し、そっと笑う。しかし、この単純な男のために何でもするだろう角都もかなりのバカ者なのだろう。きっと飛段は正しい。格好良く生きたければ、恋などするべきではないのだ。














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