嫌な見世物

2009.02.26 TEXT

見せるつもりのないものまで見せてしまった角都の話。鬼鮫視点です。







 あれは寒暖が日々入れ替わる、春まだ浅い日のことでした。廊下で出会った角都さんが珍しく一人だったのでからかい半分に飛段さんの居所を訊いたところ、あれは今躾を受けている最中だ、と言われました。どうにも腹に据えかねることがあったので懲らしめているのだと。角都さんはそのまま行ってしまいましたが、妙に秘密めかした物言いが気になった私は、どうでもよい用件をこしらえて角都さんの部屋に出向いたのです。飛段さんの身が気がかりと言えば聞こえが良いですが、あの口の減らない輩がどれほどひどいことになっているのかを見てみたいというのが本音でした。
 角都さんとの会話から数刻経過していましたが、気配は確かにありましたしドアに鍵はかかっていなかったので、私はそれを押し開きながら二人の名を呼びました。室内は真っ暗でした。呼びかけに応答はなく、諍い後の和解なら見るほどのこともないとドアを閉めかけたとき、闇が淀む部屋の隅に何かを認めて私はそちらに意識を向けました。



 私の背後からのかすかな光を受けているのは、飛段さんの体の一部、正確には頭部とそれに続くうなじでした。どうも飛段さんは壁にもたれて床に座り込み、頭を前のめりに深く項垂れているようで、その姿は肉片だったときよりもなぜかよほど死人めいて見えました。
 奇妙な匂いがしました。血に似ているけれども血ではありません。濡れた体内の匂いではなかったかとは後で気がついたことです。たくさんの軟体生物がひしめいているようなギュプ、ギュプという音もしました。
 目を凝らすと、そこに角都さんもいるのがわかりました。頭巾もマスクも外し、骨のように白い飛段さんのうなじに顔を埋めています。口づけていると考えるのが順当ですが、私にはまるで死肉を喰らっているように見えました。微光を捉えてときおり光る緑色の瞳が鬼を連想させたのかもしれません。



 全体の様子がいま一つはっきりわからなかったのは、闇の中の二人がいつもの黒コートを着ていたせいもありましたが、角都さんの口や体から繊維がモジャモジャと長く垂れ下がり、輪郭を曖昧にしていたからでもありました。繊維はその大半が飛段さんのコートの内部に入り込んでおり、盛んに動き回っているようで、ひしめくような音はそこから生じていました。音と同調して飛段さんの乱れた髪がかすかに揺れているのが見えました。
 何を予想していたにしてもこれは期待を裏切るものでした。侵入者に気づかないわけはないのに出て行けと言わない角都さんも薄気味悪く、立ち去ろうとしたとき、角都さんが繊維を体内に戻し始めました。ずるずると擦れる音とともに仄白い面積が広がっていくのを見て、飛段さんが最初からコートなど着ていなかったことにようやく私は気づいたのでした。



 うなじを食んでいた角都さんが身を起こすと、支えを失った体はぐらりと傾き、横向きに倒れました。飛段さんの胴体の前面は大きく切り開かれ、暗がりでもぬらぬらとぬめって見える内臓がそれ自体の重さで流れ落ちそうにはみ出していました。肋骨が見当たらず出血も認められないのは、角都さんが何らかの方法で始末してしまったのでしょう。力の抜けた体につながっている頭はまるで収穫物のようにごろりとしていて、半ば開いた目と口がじっと私に向けられていました。
 グロテスクではあるものの人体模型のように端正な、闇に慣れた目には眩しいほどの白い肌から目を逸らせずにいると、なんと、凝視する私の前で、飛段さんの体はいきなり切れ切れに射精しました。初めは失禁かと思いましたが、断続的に噴き出した白い体液が鈴口からとろりと滴るところも見えたのですから間違いありません。



 残虐行為とこの結果が結びつかずにあっけにとられていると、角都さんが脱いだコートを乱暴に自分の相棒に被せ、さもうんざりしたように溜息をつきました。
「今回は脳も神経も内臓もいじってやったのにこのザマだ。こんなことまで悦ぶのでは躾もできん。俺としたことが、まったく厄介なものを背負いこんでしまった」



 角都さんの声にこもる本気の苛立ちが、実は余計なものまで見てしまった邪魔者に向けられていることが私にはよくわかりました。私は両手を前に上げ、相手に逆らわないことを意思表示しながらゆっくりと後ずさり、自分のプライドが許す限り速やかに部屋から退却しました。ドアを閉ざした時の安堵感はちょっとしたものがありました。廊下の安っぽい蛍光灯の光をあのようにありがたい思いで見上げることは二度とないでしょうね。
 今思えば、きっと角都さんはちょっと自慢をしたかっただけなのでしょう。新しいおもちゃを手に入れた子どものようなものです。慌てて退散する必要はなかったのかもしれません。けれども、あんな暗がりであんなに静かに凄惨な行為をし、それを悦びあっていた二人のことを考えると、不死ではない私は、正直今でも背中がうすら寒くなるのです。















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